Ref. #セットポイント #セトリングポイント #環境適応 #形態学 #恒常性

本日の問い
なぜ、食事制限をしても、気づけば元の体重に戻ってしまうのでしょうか。それは単純に意志の問題だけではありません。あなたの暮らす環境が、その体重であることを『最適』だと判断し、そこに留まろうとしているからです。
こんな方へ
- 食事制限をして体重を落としても、気づけばまた元の体重に戻ってしまっている(リバウンドを繰り返す)方。
- 「痩せられないのは自分の意志が弱いからだ」と自分を責めてしまいがちな方。
この記事の結論
- かつて体重は、脳が遺伝的に決定した「セットポイント(設定値)」によって管理されていると考えられていた。
- しかし現在は、環境要因と身体の代謝バランスが釣り合った地点で体重が決定される「セトリングポイント(妥協点)」という理論が主流である。
- 体重を変えるには、一時的な食事制限ではなく、体重の基準値を決定づけている「生活環境(暮らし)」そのものを変える必要がある。
脳による管理、「セットポイント」という定説
以前のコラムでは、体重が決まる新しいメカニズムとして「セトリングポイント」という言葉を紹介しました。 この概念を正しく理解するために、まずはその前身である「セットポイント理論」について触れておく必要があります。
かつて、科学者たちはこう考えていました。 「人間には生まれつき、遺伝子によって決められた『適正体重』があるはずだ」と。
これを「セットポイント(設定値)」と呼びます。 仕組みは「エアコンの温度設定」と同じです。
脳が「あなたの体重は60kgだ」とあらかじめ決めていれば、いくらダイエットをして55kgに落としても、脳はそれを「異常事態」と判断します。そして代謝を下げ、食欲を増進させ、強制的に60kgに戻そうとする。 これが、長らく信じられてきた「リバウンドの正体」でした。
脳は、環境に合わせて「設定」を変えている
しかし、この「固定された設定値」という理論だけでは、ここ数十年で世界的に肥満が急増している現象を説明できません。 人類の遺伝子は、たった数十年では変わらないからです。
そこで登場したのが、より柔軟で現実的な「セトリングポイント理論」です。
これは、体重を「遺伝子が決めた絶対的な数値」とは捉えません。 脳は、環境からの情報(気温、光、食料事情など)を受け取り、その環境で生き抜くために最も有利なポイントに、体重の設定値を移動させる(Settleさせる)。 そう考えます。
つまり、あなたの体重を決めている司令官(脳)は、頑固一徹ではありません。 「今の環境なら、このくらいの体重がベストだな」と、常に周囲の状況を読みながら、設定値を書き換えているのです。
「快適さ」が、脳の設定を狂わせる
では、なぜ現代人のセトリングポイント(均衡点)は、これほど高い位置に書き換えられてしまったのでしょうか。
進化医学の観点からは、「文明化による自然との断絶」が、脳に誤った情報を送っていると指摘されています。
私たちの身体は本来、暑さ寒さ(温度変化)や、昼と夜(光の明暗)といった「自然のゆらぎ」に適応するように作られています。 寒さを感じれば「熱を作るために脂肪を燃やそう」と判断し、夜の闇を感じれば「休息と修復の時間だ」とホルモンを調整します。
しかし、現代の文明化された環境はどうでしょうか。
- 熱のない世界: 年中25℃前後のエアコン完備(熱的中性圏)。
- 闇のない世界: 夜遅くまで浴びる人工の光。
こうした「一定で快適すぎる環境」に置かれると、脳は「今は代謝を上げて熱を作る必要がない」「活動時間が続いている」と判断します。
その結果、脳はエネルギーを消費するモードを停止し、逆に「エネルギーを溜め込む(太る)ことが、この環境での最適解である」と設定を変更してしまいます。 これが、セトリングポイントが「肥満」側へ強制的にシフトしてしまうメカニズムです。
身体は、環境の「鏡」である
以前、「身体の形は、暮らしの影である(生物形態学)」という話をしました。 この理論は、まさにそれを科学的に裏付けています。
あなたの体重が高止まりしているのは、意思が弱いからではありません。 文明化によって「生物としての刺激」を失った環境の中で、脳が状況判断をした結果、「代謝を下げて太っておくことこそが、この環境への適応である」と結論づけてしまったからです。
だからこそ、その人工的な環境に身を置いたまま、食事の量だけを減らそうとしても無理が生じます。 脳の設定(セトリングポイント)が高止まりしている状態で、無理やり体重を下げようとする行為だからです。 一時的には耐えられても、脳はすぐに「最適」と判断した元の体重に戻そうとします。
「暮らし」を変えない限り、基準値は動かない
セトリングポイント理論が私たちに突きつける事実は、残酷であり、同時に希望でもあります。
「食べるものを変えるだけでは、不十分である」
一時的にダイエットフードに置き換えても、脳の設定値が変わっていなければ、身体は元の状態に戻ろうとします。
体重の設定値を根本から下げたいのであれば、やるべきことは脳に「太る必要はない」と教えることです。 そのためには、生活を取り巻く環境そのものを変えるしかありません。
口に入れるものだけでなく、 部屋の明るさ、空調の設定、自然の気温を感じる時間、季節感のある暮らし。 そうした「生活の生態系」全体を見直したとき、脳は「あ、ここでは代謝を上げても大丈夫だ」と判断し、セトリングポイントを下げ始めます。
「痩せるための努力」をするのではなく、「人間という生き物としての、自然な在り方」を暮らしの中に取り戻す。 遠回りに見えて、それが身体というシステムに対する、最も理にかなった誠実なアプローチなのです。
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