Ref. #進化生物学 #テンセグリティ構造 #結合組織 #アナトミートレイン

本日の問い
そもそもなぜ、私たちの体は筋膜という構造を持っているのか?
こんな方へ
- 「筋膜リリース」という言葉は聞くが、具体的に何をリリースしているのか知りたい方。
- 人体の構造や、進化の成り立ちに知的好奇心を感じる方。
この記事の結論
- ファシア(筋膜)とは全身の細胞をつなぎ止める「結合組織のネットワーク」である。
- その役割は、陸上で生きるための「重力への対抗(支持)」と「乾燥の防止(保水)」である。
- 身体を「部品の集まり」として見るのではなく、「全体がつながり合って動くシステム」として捉えることがケアの本質である。
「筋膜」、あるいは「ファシア」という言葉。 最近ではメディアでも頻繁に取り上げられるようになりましたが、その実態はあまり正しく伝わっていません。
多くの人は、スーパーで売られている鶏肉の皮の下にある、あの薄い膜のようなものをイメージするでしょう。 もちろんそれもファシアの一部ですが、それはあくまで氷山の一角にすぎません。
生物学的な視点で見たとき、ファシアとは単なる「筋肉のカバー」ではありません。
それは、37兆個の細胞をつなぎ止め、私たちが「個体」として存在するために不可欠な、生命進化が生んだ、人体最大の「器官」なのです。
1. 多細胞化と上陸:なぜ「膜」が必要だったのか
なぜ、私たちの身体にはこれほど全身にくまなく、網の目状の組織(ファシア)が張り巡らされているのでしょうか。
その理由は、進化の過程における「2つの大きな課題」を解決するためでした。
① 「個」を維持するための接着剤
最初の生命は単細胞生物でした。しかし、細胞が集まって「多細胞生物」へと進化する際、バラバラの細胞をひとまとめにつなぎ止める必要がありました。
細胞と細胞の隙間を埋め、構造を維持するための「糊(のり)」の役割。 これが結合組織(ファシア)の原点です。
② 「重力」と「乾燥」への対抗
さらに生物が海から陸へ上がった時、環境は激変しました。 海中では「浮力」が身体を支え、周囲の水が乾燥を防いでくれました。しかし陸上には、身体を押し潰そうとする「重力」と、水分を奪う「乾燥」があります。
この環境で生きるために発達したのが、ファシアの高度な構造です。
- コラーゲン繊維: 鉄骨のように頑丈な繊維で、重力に負けないよう組織を吊り上げる。
- 基質(ゲル): スポンジのように水分を抱え込み、細胞が干からびないよう潤いを保つ。
つまりファシアとは、私たちが陸上で直立し、瑞々しさを保つために獲得した「構造的支持」と「保水システム」そのものなのです。
2. 第二の骨格:テンセグリティ構造
「人間は、骨格によって支えられている」 これは常識のように思えますが、構造学的には半分間違いです。
少し怖い想像ですが、もし人間の身体から「骨」だけを魔法で消し去ったらどうなるでしょうか? 皮膚という袋の中に、筋肉や内臓が崩れ落ちてしまうでしょう。
では逆に、「ファシア(結合組織)」だけを残して、骨や筋肉を消したらどうなるか。
驚くべきことに、「人間の形」はそのまま残ります。
ファシアは、筋肉の中、内臓の隙間、血管の周り、さらには骨の中にまで入り込み、ミカンの薄皮のようにあらゆる組織を立体的に区切っています。 私たちの中身は、骨という柱に寄りかかっているのではなく、ファシアという強靭なネットによって、全方向から吊り上げられているのです。
- 骨: 圧縮に耐える「つっかえ棒」
- ファシア: 引っ張りに耐える「ゴムバンド」
この2つが互いにバランスを取り合うことで、私たちは重力に対して立ち上がることができています。
これを建築用語で「テンセグリティ構造(張力安定構造)」と呼びます。 ファシアこそが、骨の位置さえも決定している「第二の骨格」なのです。
3. すべては「ひとつ」につながっている
解剖学の教科書を見ると、筋肉は「上腕二頭筋」「大胸筋」といった具合に、パーツごとに描かれています。 しかし、実際の人体をメスで開いても、そんな風に筋肉が綺麗に分かれているわけではありません。
すべてはファシアという繊維の中で、グラデーションのように連続しています。
例えば、足の裏のファシアは、ふくらはぎを通り、背中を駆け上がり、頭のてっぺんを超えて、おでこまで繋がっています(スーパーフィシャル・バックライン)。
だからこそ、「足の裏をほぐしたら、首の回りが良くなった」という現象が起きるのです。 これは魔法ではなく、「同じセーターの端と端を引っ張っている」のと同じ物理現象です。
あなたは、600個の筋肉の寄せ集めではありません。 ファシアという一つのボディスーツを着た、「一つのつながり」を持った生命体なのです。
まとめ:身体を「バラバラの部品」として見ないこと
私たちの身体は、進化の過程で「全体が協力し合うこと」を前提に作られてきました。 ファシアという組織は、その証明です。
「肩が痛いから肩を揉む」「腰が痛いから腰を湿布する」 それは、まるで壊れた機械の部品を交換するような考え方(要素還元論)かもしれません。
しかし、生物である私たちの身体は、機械とは違います。 一箇所で起きた乾燥や癒着は、ファシアというネットを通じて、遠く離れた場所の動きを制限し、全体のバランスを崩します。
大切なのは、痛む「点」だけを見るのではなく、その奥にある「つながり」に目を向けることです。
そうやって、身体全体を「一つの大きな生態系」として捉え直したとき、あなたのケアはただの対処療法ではなく、身体本来の機能を取り戻すための対話へと変わっていくはずです。












