なぜヒトの身体は「膜」でつながっているのか? 進化生物学から紐解くファシア(筋膜)の正体 [note053]

Ref. #進化生物学 #テンセグリティ構造 #結合組織 #アナトミートレイン

Library Note [Note-053]

本日の問い

そもそもなぜ、私たちの体は筋膜という構造を持っているのか?

こんな方へ

  • 「筋膜リリース」という言葉は聞くが、具体的に何をリリースしているのか知りたい方。
  • 人体の構造や、進化の成り立ちに知的好奇心を感じる方。

この記事の結論

  • ファシア(筋膜)とは全身の細胞をつなぎ止める「結合組織のネットワーク」である。
  • その役割は、陸上で生きるための「重力への対抗(支持)」と「乾燥の防止(保水)」である。
  • 身体を「部品の集まり」として見るのではなく、「全体がつながり合って動くシステム」として捉えることがケアの本質である。

「筋膜」、あるいは「ファシア」という言葉。 最近ではメディアでも頻繁に取り上げられるようになりましたが、その実態はあまり正しく伝わっていません。

多くの人は、スーパーで売られている鶏肉の皮の下にある、あの薄い膜のようなものをイメージするでしょう。 もちろんそれもファシアの一部ですが、それはあくまで氷山の一角にすぎません。

生物学的な視点で見たとき、ファシアとは単なる「筋肉のカバー」ではありません。

それは、37兆個の細胞をつなぎ止め、私たちが「個体」として存在するために不可欠な、生命進化が生んだ、人体最大の「器官」なのです。

1. 多細胞化と上陸:なぜ「膜」が必要だったのか

なぜ、私たちの身体にはこれほど全身にくまなく、網の目状の組織(ファシア)が張り巡らされているのでしょうか。

その理由は、進化の過程における「2つの大きな課題」を解決するためでした。

① 「個」を維持するための接着剤

最初の生命は単細胞生物でした。しかし、細胞が集まって「多細胞生物」へと進化する際、バラバラの細胞をひとまとめにつなぎ止める必要がありました。

細胞と細胞の隙間を埋め、構造を維持するための「糊(のり)」の役割。 これが結合組織(ファシア)の原点です。

② 「重力」と「乾燥」への対抗

さらに生物が海から陸へ上がった時、環境は激変しました。 海中では「浮力」が身体を支え、周囲の水が乾燥を防いでくれました。しかし陸上には、身体を押し潰そうとする「重力」と、水分を奪う「乾燥」があります。

この環境で生きるために発達したのが、ファシアの高度な構造です。

  • コラーゲン繊維: 鉄骨のように頑丈な繊維で、重力に負けないよう組織を吊り上げる。
  • 基質(ゲル): スポンジのように水分を抱え込み、細胞が干からびないよう潤いを保つ。

つまりファシアとは、私たちが陸上で直立し、瑞々しさを保つために獲得した「構造的支持」と「保水システム」そのものなのです。

2. 第二の骨格:テンセグリティ構造

「人間は、骨格によって支えられている」 これは常識のように思えますが、構造学的には半分間違いです。

少し怖い想像ですが、もし人間の身体から「骨」だけを魔法で消し去ったらどうなるでしょうか? 皮膚という袋の中に、筋肉や内臓が崩れ落ちてしまうでしょう。

では逆に、「ファシア(結合組織)」だけを残して、骨や筋肉を消したらどうなるか。

驚くべきことに、「人間の形」はそのまま残ります。

ファシアは、筋肉の中、内臓の隙間、血管の周り、さらには骨の中にまで入り込み、ミカンの薄皮のようにあらゆる組織を立体的に区切っています。 私たちの中身は、骨という柱に寄りかかっているのではなく、ファシアという強靭なネットによって、全方向から吊り上げられているのです。

  • 骨: 圧縮に耐える「つっかえ棒」
  • ファシア: 引っ張りに耐える「ゴムバンド」

この2つが互いにバランスを取り合うことで、私たちは重力に対して立ち上がることができています。

これを建築用語で「テンセグリティ構造(張力安定構造)」と呼びます。 ファシアこそが、骨の位置さえも決定している「第二の骨格」なのです。

3. すべては「ひとつ」につながっている

解剖学の教科書を見ると、筋肉は「上腕二頭筋」「大胸筋」といった具合に、パーツごとに描かれています。 しかし、実際の人体をメスで開いても、そんな風に筋肉が綺麗に分かれているわけではありません。

すべてはファシアという繊維の中で、グラデーションのように連続しています。

例えば、足の裏のファシアは、ふくらはぎを通り、背中を駆け上がり、頭のてっぺんを超えて、おでこまで繋がっています(スーパーフィシャル・バックライン)。

だからこそ、「足の裏をほぐしたら、首の回りが良くなった」という現象が起きるのです。 これは魔法ではなく、「同じセーターの端と端を引っ張っている」のと同じ物理現象です。

あなたは、600個の筋肉の寄せ集めではありません。 ファシアという一つのボディスーツを着た、「一つのつながり」を持った生命体なのです。

まとめ:身体を「バラバラの部品」として見ないこと

私たちの身体は、進化の過程で「全体が協力し合うこと」を前提に作られてきました。 ファシアという組織は、その証明です。

「肩が痛いから肩を揉む」「腰が痛いから腰を湿布する」 それは、まるで壊れた機械の部品を交換するような考え方(要素還元論)かもしれません。

しかし、生物である私たちの身体は、機械とは違います。 一箇所で起きた乾燥や癒着は、ファシアというネットを通じて、遠く離れた場所の動きを制限し、全体のバランスを崩します。

大切なのは、痛む「点」だけを見るのではなく、その奥にある「つながり」に目を向けることです。

そうやって、身体全体を「一つの大きな生態系」として捉え直したとき、あなたのケアはただの対処療法ではなく、身体本来の機能を取り戻すための対話へと変わっていくはずです。

この記事を書いた人

トレーナーAzuma

フィットネスの知見をもとに、動きやすい体づくりをサポート。「日常を軽やかに動く体作り」を目指して情報発信中。

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